日常の隙間を愉しむ…

いつ何時でも、心のままに走り出せばいい。
オートバイはいつもそこにある。


 重たい仕事に今日ひと区切りがついた。ここ最近はずっと残業続き、子ども達の顔も毎朝数分見るだけ。今晩はようやく少し早く帰れたつもりだったが、10時を回ったんじゃ間に合わなかったか…。
 久しぶりの家での食事は、少々冷めていても外食続きのカラダには柔らかく浸みてくる。妻のたまっていた近況報告を聞きながら、TVを眺める。
 ベッドに入ったのは午後11時半。その日のうちに寝るなんてことがなかった数週間の習慣からか、なかなか寝付けない。何度も寝返りを打ちながら巣作りすること30分、遠くに聞こえたオートバイの音で心は決まった。「ひとっ走りしてくるか…」。
 むっくりと起き上がり、「ちょっと乗って来る…」と、返事がないならそれでヨシとばかりに小さく声をかけた。素速く身支度を整え、ガレージに降りる。この時間はご近所迷惑を考えて、百メートルほど先の3車線道まで準備運動がてら押していく。セル一発、短いアイドリングの後は走りながらの暖気運転。信号待ちのたびにカムカバーを手で触りながら温度を確かめる。
 こんなチョイ乗りの夜走りルートはいつもの定番コース。市街地とはいえ視界の悪い深夜には、慣れ親しんだ道が一番楽しめる。環状線から河川沿いを周回する「ホームコース」だ。一周目は工事箇所や交通量、Kの様子を見ながらスローペースで流し、オールクリアなら二回り目からペースアップ。オートバイの調子と自分のコンディションを合わせて、今日の制限速度が決まっていく。速さを求めるワケでも無いし、誰かと競うつもりも無いが、オートバイ本来のスピード感を楽しむことには貪欲だ。仕事も家族も、すべての責任を負ってなおこの甘く危険な乗り物の魅力を思い知る。
 「アブナイからヤメなさい!」いくら子供に言い聞かせても無理なハズ…親がコレだ…と一人笑いながら、静かにスロットルを緩め、スピードメーターの針を真っ当な角度に引き戻す。
 周回路を外れて市街中心部、公園横の自販機に照らされる愛機を眺めながら安くて旨い(?)缶コーヒーを飲む。季節の割に暖かい夜だ。恋を楽しむカップル、お酒を楽しんだサラリーマン、クルマを楽しむ若者達、それぞれの愉しみが漂うこの場所が好きだ。
 帰ってベッドに入るまでを絶対確実にこなすことが『夜走り』の大原則。クールダウン後のウッカリ走行を戒め、帰路につく。一つ前の角を曲がったらキルスィッチはオフ、惰性で家まで走らせる。時間は深夜1時。シャッターは出る時よりさらにゆっくり、静かに。
 滑り込んだガレージの奥、ヘッドライトに照らされた自転車を見て、さっきの近況報告を思い出した。下の子が補助輪を外したがってたんだ…。
 日曜は特訓かな? 未来の「北単」君。


<< 前に戻る