男を磨く、オートバイの旅…
呆れるほどの自由と孤独の中で本当の自分が見えてくる。
いつもの毎日に「退屈」という発車のベルが鳴ったら、
荷物を縛りつけ街を出よう。
オートバイを手に入れ、先ずは走り始めた。非日常的なスピード。風の色や匂い。ヒリヒリとした甘く危険な香り。ショーウインドウに映るいつもとは違う自分…『オートバイ乗り』にはなった。
ただここまでは、免許を取り、オートバイを購入しさえすれば誰でもがなってしまう自分である。今までの自分の日常の中に、ひとつ楽しみの手段が増えた…それだけだろう。いつもどおり、日々は食欲・性欲・睡眠欲に支配されて続く。
ある日、いつも通りオートバイを楽しみ、帰ろうとした所へ、道外ナンバーの荷物を積んだオートバイが入ってきた。先日までの雨に当たったのだろう、薄汚れたオートバイだが、意外な程に良い音を出しながら軽々とUターンをして近くに停まる。ヘルメットをとったライダーは自分よりも若く、彼は興味なさ気に自分の高価でキレイなオートバイを含むその辺りを見渡した後、タバコに火をつけた。
「どちらまで?」つい声をかけてしまった。彼は普通のことのように、誰に言うようでもなく「う〜ん、どこにしましょうかねぇ」と答えた。
気になった。日常に帰って、風呂に入り、食事を済ませ、フトンに入ってからも、そのオートバイとオートバイ乗りが気になった。あのオートバイ乗りは、自分よりも何か多くを知っている。あのオートバイは、自分の高価でキレイなオートバイよりも多くの道や土地を知っている。悔しさと羨望が刷り込まれる出来事だった。
それからしばらくして、1000kmは離れた実家への帰省手段にオートバイを選んだのは、そんなことがキッカケだったろう。日常を離脱し非日常の中で食事を作り、温泉に入り、たき火を無言で見つめ、テントの中で外の空気を吸いながら寝袋に入る。鳥達の声で目覚め、コーヒーを入れ、オートバイに跨る。そして一日が始まる。ただその一日は、いつもの一日と違う。そこにいる自分も、いつもの自分とは違う。いや、むしろ、本当の自分を初めて知った気すらする。
自分一人が快適に生きていくには、オートバイと、コンパクトにまとめられたキャンプ装備、これだけで充分なのだ。自分が知らなかった場所・道・匂いはまだまだこんなにもあり、それらを全て知るには「一生」という時間すら短か過ぎる。それは絶望的に愉しい…。
いつもは飛行機で一時間の故郷までの道のりも、オートバイで走ると地上の距離はこんなにも遠かったんだ。そんな当たり前なことも知らずに今まで生きてきた。『地に足をつけて生きていこう』。24時間以上オートバイと過す時間が教えてくれたことだ。
北海道はロングツーリングに最適な土地だ。キャンプ場の多さ、気やすさはもとより、日帰り入浴温泉の多さ、治安の良さ、移道ルートの快適さ。平均移動速度は本州の30〜40
km/hに比べ、ここなら60〜70
km/hも可能だ。一日の走行を8時間としても、一日500kmの旅が、ライディング以外のことを楽しんでも充分可能なのだ。
さらに走る道の気持ち良さ、林道の山深さ、美しさ、さらにそこまでまでのアクセスの短さといったら本州の比ではない。ここに暮らす幸せを存分に味わいたい。
濃密なオートバイと自分自身との対話の時間は、一度知ると病み付きになる。「何かオモシロイことないかな…」という口癖は、日常から消えるのである。
さて、「次はどこへ行こう…」。
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