盆明けと同時に、秋のスイッチが入ったね。まるで空気の質が変わってしまった。北海道の夏と秋の切り替わりは本当に解り易い。そしてオートバイ乗りの気分のスイッチも解り易い。「ヤバイ…あと少しだ…」走り回っているオートバイ乗りほどそう思ってしまうものだ。
皆、無事で走っているだろうか? 先日、夜走りに出た。夏祭りの喧騒うずまく大通りを通過し、夜の小樽まで。同じ夏の夜の空気だけれど、大通りのよどみきった人いきれの蒸し暑さに比べ、郊外に出た時の何とも言えない爽快な「北単の風」のなんと幸せなことか。短い北海道の夏にとって、あの大通りのムァっとする、どこか悪びれた夏の夜の空気も希少で貴重なのかもしれない。でもやはり、その同じ時にその外で吹く日本でいちばん快適な風を知らないのは、まったく「もったいない」と思うのだ。これから先も、ずっとあの風を受けとめていたいと思う。「やっぱバイク、楽しいねー!」誰かが風の中に放った。『ワルいな。やっぱり気持ち良いよ…。』誰よりもこの風を知り、愛していたであろう同類(トモ)への想いと共にね。
これからもまだまだ夏は来る…。
と、言うわけで秋の気配に気がはやるオートバイ乗りだが、ちょっとここらで気を引きしめて下さい。オートバイもライダーも慣れで少し鈍感になる時期だからこそ、愛機と自身のメンテナンスを。
ニュースやヒトからオートバイ事故の話を聞くと、一瞬背中に何かが走る。「車種は? 色は?」オートバイ屋をやっていて、唯一増えた不安と言っていい。手をかけた多くのオートバイ達と、笑顔で走っていくオートバイ乗り。常に彼ら、彼女らに、そのオートバイにとって良かれと思って出来る限りのことをしている。だが、そのオートバイで事故があった時、自分は悪魔にもなる。「オートバイで走れ」と、間違いなく自分は手を貸したわけだから。もちろんこれは自分が勝手にそう思っているだけで、オートバイに乗るというのはそういう危険も手に入れるのだというのは知っていて欲しい。それでもオートバイは楽しいから。
余計なお世話だが、数十万kmの道を走ってきて、まだ生きて楽しくオートバイに乗っている人間からちょっとアドバイス。イマジネーションを豊かにして欲しい。よく言われる「だろう運転」に対する「かも運転」てやつです。事故は自分で起こすこともあるが、自分以外に起因することも多い。だからと言って『自分は悪くない』などとは絶対思わない方がいい。例え相手が悪かったとしても、それさえも予測して、回避してやると思って欲しい。『アイツさえ出てこなかったら』と運よく病院のベッドで思ってる人はまたヤリます。予測できなかったことを、それでも後悔して欲しい。これは事故に至らなかったけれどもヒヤリとした時でも言えます。忘れずにイメージする。そうすればほんのわずかな一瞬でも、早い判断と回避行動が出来るようになると思う。ちょっとだけ前を走るアイツよりも遅れた…とか、あそこでアクセルをゆるめてしまった…なんて思いは、長いオートバイライフの中ではあまりにも微々たる事です。
そして、そんなイメージと回避動作に応えるオートバイの整備と、技術の向上を心がけること。あとで直そうではなく、すぐ直す。速い遅いではなく、上手いライディング。公道を走るオートバイであれば、目指すのはやはり上手いライディングと、乗り手に即座に応えるオートバイでしょう。
こんな事を書いている自分自身、事故の経験はあるし、明日どうなるかも解らないけれど、「それでも自分はそうならない」と思い、その為にナニが出来るかを常に意識しています。そして、そんな危険を承知しても「やっぱりオートバイは楽しい!」と、最高に気持ち良いあの風を知らない人達にも声を出して言ってしまうのです。
やっぱり悪魔でしょうそれは…。
でも、自分もまだまだ皆と同じ、甘く危険な風の中に活き続けます。そして願うのは皆が無事に走り続け、悪魔が増えていくことです!? ではまた! 笑顔で!