ようやく待ち望んだ春の陽気である。しわしわと音をたてながら消えてゆく雪の間から土筆(つくし)も顔を出している。幾度となく手をかけたオートバイ達が今年もまたやってきてはオイルやタイヤを交換し、快音を出して日差しの中を出て行く。一方、多忙な上に珍しくカゼ気味の自分と、バッテリーさえ外すことなく、そのまま春にエンジンをかけられて去年のオイルのままで走る「我が愛機」がある。人にはメンテ、メンテと叫びつつ、当の自分の愛機はビジネスバイク以下の扱いを受けつつ、健気に元気に走っている。イカンね。これで調子が悪かったら言い訳がつかない。自分の為にとっておいたタイヤもエレメントも、もはやお客さんの手に渡り、いまだ用意されていない。早く注文してメンテしてやんなきゃ…。
それにしても、タフな愛機達である。過去に一通り大きく手をかけてからは、少なくとも5年以上、文句ひとつ言うわけでもなく楽しませてくれている。別に自分のモディファイやメンテを自慢している訳ではなく、自分の生活とオートバイの関わりに対して、オートバイの選択やモディファイの方向が上手くいっているのだろうと思う。
春のこのシーズンはオートバイとの出会いや別れが多い時期である。新旧・多種多様なオートバイがある中で、どのオートバイを愛機とするか迷うのは不可避。自分はよく「生活あってのオートバイ」と言う。目先のカッコ良さ・性能・憧れは確かにとても大事なことではあるが、その人の生活の中でオートバイがどのような「在り方」をするのかをまず考えた方が良い…と思うのである。
例えば、時にオートバイと共に長い旅をしたいと思ってる人がカッコイイ&速いからと1000ccのレーサーレプリカを選べば、オートバイにと
ってもライダーにとってもツライ要素が多くて長く続けるのは難しくなる…とか、とにかくイジリよりも走ることを楽しみたい、もしくはあまりオートバイそのものにお金をかけれない人が、憧れてたからと言って20年も前の旧車を選べば、運が悪ければ走る余裕がなくなる…とか。それらは愛機と呼べども、あまり良い関係とは言えない。
「オートバイは楽しいからヤメられない」といつも思う。でもそれは、ちゃんとした生活の中でのことであり、何かしらの犠牲の上でしか乗れないのでは長くは続かないと思うし、それは『オートバイ好きのバイク屋』にとって悲しいことなのです。
よく考えて欲しい。自分の身長・体重・買った後の金銭的余裕…どんな乗り方を楽しみたいのか? 楽しめるのか? その後でも選択の幅はまだまだあると思う。もちろん一台のオートバイを長く乗り続けることが偉いとは、今は言わない。状況も体力も変化するものだから。でも最初から手離すことを前提にオートバイを買うのは、個人的に賛成できない。もし、そうであったとしても、乗ってるうちに楽しくてしょうがなくなり、ついつい、いつまでもそのオートバイに手をかけ続けるハメになるような、そんな「楽しさ」を最低限得られるような出会いであることを願っています。
まァでも「こんなオートバイでもこう乗りたい!!」「それでもコイツでいきたい!!」なんて思ってしまったら…相談に来てみて。
走り出した春、まづは気をつけて!
では、また!