森の樹々がその葉っぱを全て落とし、一年で最も見通しの良い季節となった。街の起伏や山の形、気になってた川の流れなんかも見えてきて、この住み慣れ、走り慣れた地でいまだ新しい発見などしている。気が付けばバイクマンもまたしても1月号、すぐに白い雪が全ての隙間を埋めることだろう。決してオートバイは埋めないようにね。
'06シーズンを振り返ると、全然走り足りない想いはいつも通りあるけれど、なんとなく「いいお付き合い」が出来た気がしている。自分の中の「オートバイ乗りの血」の濃さを確認したと言うか…。多忙な中で、「オートバイに乗る」というカタチだけを望んでいるのでは? というアセリに似た猜疑心がオートバイで走るという「答え」の中で「これだからヤメらんねーよな」という確信と共に消えたと言うか…。言葉にするのは難しいけど。もともとは考えることじゃないからね。
このスッキリ感は何かしら懐かしい感覚だなと思ったら学生時代の勉強にそれがあった気がする。「何故そうなるか」解ってないと答えが正解でも意味がないって奴。自分は記憶力が乏しいトリ頭で、歴史や地理などの記憶に頼る部分が多い科目が苦手だった。従ってそれ以外の科目の公式とか法則を憶えるのも苦手だった。だから何故そのような公式になるのか、法則になるのかを理解することに努めた。それが解っていれば、問題の意図さえ解れば、自分で公式を造り出し、答えを出すことが出来た。ところがそれだと時間がかかり、制限時間があるテストでは時間が足りない。解けるのに解けないと判断されるテストが、だからキライだった。けれど現実は厳しいので時間短縮の為に経験を積むことに徹した。ひたすら問題を解く。それも時には回答を見ながら数と種類をこなすのだ。そのうち問題の意図を素早く見出すことが出来るようになり、公式も知らずに身に付くのだった。ところがそこはトリ頭、時々原点に帰って公式の理由を確認しないと全然的ハズレな公式にふり回されることになるのだ。
オートバイ乗りとして、振り返れば経験は充分にある。何かしら身についているモノもある。「何かが足りない」感があったのは走り足りないのではなく、オートバイに乗ることで得られる楽しさそのものでしかなく、やっぱり自分にとって他の楽しさとは一線を画すのだという認識だった。
解ってたけどね。
まァ仕事がオートバイ屋ってのもあるだろーね。仕事は制限時間つきのテストみたいな部分もあるから、受けなきゃ出来ないと判断されるし、制限時間内に解けなきゃ儲からない…って儲かってないなァ。やっぱり公式の理由から解いてるからだろうな。「オートバイが好きだから」から始めてる。でも譲れないよなァ。せいぜい技術力と経験量を増やして、こっちの努力で儲かるように頑張ります。効率は二の次。これはトリ頭がどうしようもないのと同じ。
オートバイ乗りとしては来シーズンに向けて安心出来てる感じ。「オートバイは楽しい」。積み重ねた経験も、身に付いたモノも、別に次の自分には別に無くてもいいやと思える。「あーあ、走りに行きてーなー」と思い続け、その時が来た時に、いつでも万全に走り出せる愛機がそこにある(ドルフィンにはちょっとした野望もできたけど…それも楽し!)。
来シーズンもきっと自分はシアワセなオートバイ乗りでしょう。今年もヨロシク!
Merry X'mas & Happy New Year!
ぢゃ、また!